ユカタン生活の記録

メキシコ隠遁生活の私的記録と報告  @マヤの村

定番じゃないパーティー

またしても誕生日パーティーに呼ばれた。今度はマリアんちの隣の隣。目が不自由で半分マヤ語のおじいちゃんがいて、我が家のスズメバチの巣を退治してくれた娘さんがいて、一家8人くらいが一緒に住んでいる家。

こういう家(グーグル先生)

道に面してテラス的なスペースがあり、奥にちまちまとマヤの家などが建っていて、右側の庭には鶏とか犬とかいるが外から見るだけではよく分からない。この村には珍しく100坪くらいの狭い敷地だが、今回おじいちゃんから聞いた話では、10ヘクタールの「自宅以外の土地=トウモロコシ畑と果樹園」があるという。東京ドーム2個分。昔は養蜂もしていた。おじいちゃんは、足と目が不自由でなければ農作業に出たいと話していた。マヤ人は勤勉を美徳とする。

会場を借りてする豪華版を除けば、お向かいさんちの子供のパーティーがここの典型じゃないかと思う。パーティーセットの食事とコーラとピニャータ。ロウソクふうっをしたあと誕生日の人の顔をケーキに押し付けるやつは、この辺ではあまりやらない。(リンクばっかりだなw)

今回の誘われ方も「昼ごはんのコチニータを食べにこないか。娘の誕生日でもある」。前回のお向かいさんと同じ系統だが、そのとき学んだように「誕生日といえば単なる食事会でなくパーティー」だろうと睨んだ。が、行ってみないと分からないと今回学んだ。ちなみに19歳の誕生日。

道に面したスペースに大きいテーブル

奥に、バースデーガールが招待客と記念撮影するスペース。これはここの定番らしい。というか、誕生日に限らず他のイベントでも撮影スペースが作ってあって、「結婚おめでとう!」とか「メリークリスマス」とか「祝・独立記念日」などの飾りの前で、必ず写真を撮る。全員の記念撮影でなく、招待客のグループごとに主役と写真を撮る。

このテーブルは子供抜きで呼ばれた大人たちの席で、子供と若者の招待客は庭に置いたレンタルテーブルにつく。そちらは30席くらい。19歳になった娘さんのパーティーだったが、小学生らしいグループ、中学生らしいグループ、高校生らしいグループがいて、彼女とどういう関係なのかよく分からない。ただの仲良しだろうか? 

そして、他のパーティーより、みんなめかし込んでいる。肩の開いたドレスとか、あの大きい目にぐりぐりにつけまつげをしたがっつり化粧とか、岩ゴツゴツの地面剥き出しの家に来るのにスウェード地のハイヒールとか。そういえば、男性は「いつもよりオシャレ」程度だったか。

大人は大人で、40代の女性のグループ、村の元教育課長、うちの隣のゴミ屋敷のオババ(一人だけ)、我々と、よく分からない。お向かいさんとマリアたちはいない。他のパーティで見るような「いかにも親戚」というグループもない。招待客のメンツが謎。

料理を作る家の人

このかまどがうまくできていて、向こう側に穴が空いていて、庭側に灰を掻き出せるようになっている。手前のプラ製ドラム缶と大きいゴミバケツには、料理で使う水が入っている。マヤ式の家に住んでいる家庭に多い、料理で流水を使わないタイプ。我が家の建設中に住んでた借家も、マヤの家じゃなかったがそうだった。

作っていたのは、土中焼きじゃないコチニータ、つまりコチニータ・ピビル風味の豚の煮込み。

なんちゃってコチニータ

なんちゃってというのは失礼か。コチニータという言葉は直訳では「豚ちゃん」という意味なので、別に何も間違ってない。が、ユカタンの誇るコチニータ・ピビルを指すことが多いし、付け合わせの紫玉ねぎとかがないので、すべてのマヤ料理を知ってるわけではないガイジンには変な感じ。麺つゆ使って作った和食…みたいなもんでしょうか。味自体は、ユカタン料理通でなければコチニータ・ピビルと言われても分からない。

で、別に少ないと文句言うわけではないが、料理はこれと、これを食べるためのトトポス(上の写真の奥にある、三角に切って揚げたトルティーヤ)と、緩めに作った黒豆のペーストだけだった。ケーキは、身内で食べたら終わりというサイズで、途中で辞去したがおそらく招待客はありつけてない。

 

庭に鶏

なんと、闘鶏の鶏も。

3羽いた。闘鶏は他の似たようなイベント同様、動物愛護の関係で減ってきているが、この村では祭り(今やってる)の行事の一つとして健在。

烏骨鶏とチャボの交雑種?(左)
足に毛が生えていてカッコいい。

我が家の(ゴミ屋敷の)鶏と違って、人を怖がらないで足元にも来る。みんな仲良しでおとなしい。飼い方が違うのか? ってか、卵と肉のためだけに飼ってるゴミ屋敷と違って、いろんな種類がわらわらいる。

 

マヤ人の家は、敷地内がどうなってるのか分かりづらい。都会と違って、家畜がいたり食べ物のなる木が植ってて、位置もバラバラ。ゴミなのか使うものなのか分からない物も散乱している。そもそも家がちまちまと数戸建っている。飾りだけの植栽や家庭菜園的なものもほとんどなくて、とにかく都会の「家とただの庭」と違う。

マヤの家自体はあちこちの家庭で見学させてもらって、使い方は分かる。が、何軒も建ってるし明らかに人数とハンモックの数が合わなかったり何で、「全体的にどうやって家族みんなで暮らしているのか」分かりづらい。いや、暮らし方が違うだけなんで、分かり「づら」くても何も問題ありませんが。とにかく東京のど真ん中から来た我々にはラビリンスなのである。

今回は招待客の構成もよく分からなかった。他の招待客とのやり取りはない。これが「村中みんな知り合い」みたいなこの小さい村では珍しい。だいたい、あらこんにちは…みたいに挨拶を交わしてから自分の席に着くが、今回はそれが一切なし。こちらは、家としての暮らし方でなく、誰とどう付き合うかといった「集落としての暮らし方」のバラエティの一つじゃないかと思う。

パーティーにおける料理の位置付けもよく分からなかった。招待客がそれぞれのグループごとに、静かにおしゃべりしながら、出されたものをつまむ。かといって、スナックというわけではない。コチニータはあくまでもがっつり系の料理。パーティーセットが定番のユカタンのパーティー料理としては結構異質。が、それだけ。なんというか、めかし込んだ客とのギャップというか。

日本で言うと、「人んちに呼ばれて行ったら焼き魚一尾出してくれた」みたいな状況で、「同じく呼ばれた人達は知人の結婚披露宴程度にめかし込んでる」状態である。

ってか、そもそもパーティーというには、バースデーガールはめかし込んでいるものの、写真を撮るとき以外は他の兄弟と一緒に食べ物や飲み物を運んでたし、みんなでオメデトー!とやることもなかった。ふーむ。

彼らのプライバシーを気にしたので写真がなくて、イマイチ伝わらない歯切れの悪い記事になりましたね。

うちの村は多少の稼ぎの差はあっても、多様性はまったくない。移民が増える前の日本みたいな。みんなマヤ人、みんながマヤの暮らしを続けている村なんだが、その中でもいろいろ個性的な家庭があるってことか。

まぁまた新しいことを学べてよかった。